菜根譚㊸
病(やまい)に遇(あ)いて後(のち)に強(きょう)の宝(たから)為(た)るを思い、
乱(らん)に処(お)りて後(のち)に平(へい)の福(さいわい)為(た)るを思うは、
蚤智(そうち)に非(あら)ざるなり。
福(さいわい)を倖(ねが)いて先(ま)ず其(そ)の禍(わざわい)の本(もと)為(た)るを知り、
生(せい)を貪(むさぼ)りて先(ま)ず其(そ)の死(し)の因(いん)為(た)るを知るは、
其(そ)れ卓見(たくけん)なるかな。
蚤智(そうち)→蚤知と同じで、事前に察知する。将来を見通す先見の明があること。
死(し)の因(いん)→長生や不死を希求して何かを施すことが死の原因となること。ことさらに修行をしたり、不老不死の仙薬を飲んだりすること。
病気になってはじめて、自分の普段の健康がこの上もなく大事なありがたいものだと気づいたり、戦争になってはじめて平和な時の幸せなことに思いつくような人は、先見の明がある人とはいえない。
これに対し、幸福を願い求めるのに、まず幸福とは禍(わざわい)の本にもなることを知り、
また長生きを願い求めるのに、まずそれは死に通じる原因にもなるということを知っている人は、それこそ本当に優れた見識を持った人である。
事が起こってから対処する事は普通の人のやる事です。
先見の明を持つ人は全ての事は表裏一体である事を知りながら対処して行っている人だそうです。結局は行動しながら常に対処して良い方向を目指している事が成功の方法みたいです。常日頃から頭(思考)と体(行動)を伴いながら生きていく事が良いみたいです。
それを敏感に感じ取れるように体調管理が必要になります。
東京赤坂のHippocrates(ヒポクラテス)で足裏の足つぼフットマッサージをお勧めします。
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